●旅の記憶 その2 (貴州省写真蔵)
未公開写真スペシャル第二弾。
貴州省ではたくさんの子供たちに出会った。薄汚れた格好で野山を駆け回る少年少女たちは、自分の幼きころが思い出されて感慨深い。彼らは総じて貧乏だけれど、心はずっと豊かだった。
未公開写真スペシャル第二弾。
貴州省ではたくさんの子供たちに出会った。薄汚れた格好で野山を駆け回る少年少女たちは、自分の幼きころが思い出されて感慨深い。彼らは総じて貧乏だけれど、心はずっと豊かだった。
先日、友人より貴州旅行の際の写真が少ないと指摘を受けた。
あくまで文章を主体とした記事を書きたいと思っているが、たしかに視覚からの情報も捨てがたい。たまにはリクエストにお応えして、貴州旅行の未公開写真を掲載させて頂いた。
今回の貴州省の旅は、パッケージツアーに付き物のがんじがらめ感を感じなかった。
ツアー参加客の大半は常連客であり、旅行社側ともすっかり顔見知りである。基本となるスケジュールは存在するものの、その時々の客の要望などを聞き入れて、柔軟に対応してくれるものであった。気の向いた場所で寄り道できるなんて、なかなか気の利いたツアーである。
そんな我々ツアー客の要望で追加して貰ったのが、少数民族の歌と踊りをベースにしたショウの観覧である。以前にも見られたことがある方が、お薦めですよとの話しをしたところ、それでは皆で行きましょうということになったのだ。会場は芸術中心劇院という立派なホール。労働節連休中のせいか客席はほぼ満員で、思っていたよりも人気のあるショウのようだった。
内容は歌をメインにしたもの、ダンスをメインにしたもの、そして雑技的な演目も行われた。民族衣装をベースにしたステージ衣装はどれも華やかで、動きにあわせて広がるスカートが花びらのようで美しかった。少数民族の郷土芸能を、見事にエンターテインメントの域にまで高めている。
開演時間が比較的遅い時間からというのも、観光客にとっては嬉しい。貴陽のナイトスポットといえば屋台街くらい。昼間は周辺を観光して周り、夜はこちらのショウに酔いしれるのは如何?
| 名称 | 多彩貴州風 |
|---|---|
| ジャンル | 大型民族歌舞 |
| 住所 | 貴州省貴陽市富水中路8号 小十字世紀星光影城4F |
| 公演時間 | 20:30~22:00 |
| 予約電話 | 0851-680-0466 |
| 予算 | 280RMB / 220RMB / 150RMB |
| 備考 | 少数民族の歌舞をベースにした一大エンターテインメント |
貴州の旅でお世話になったのは現地ガイドの周さんだ。
ツアー初日に日本語で「周(しゅう)と申します」と自己紹介したものだから、参加者全員が彼のことを「しゅうさん、しゅうさん」と呼ぶ。おかげでその度に振り返り、返事をする羽目となった。
この周さん、気を遣ってくれるのは嬉しいのだが、気遣いの方向がやや明後日を向いている。たとえば貴州料理(黔菜)の特徴は酸味と辛味で、ぼくは楽しみにしていた。ところがツアー最初の料理はどれひとつ辛くも酸っぱくもない。不審に思って周さんを問い詰めたところ、「貴州の料理は日本人には辛すぎるので、辛くないものを選びました」としれっと答えるのだ。
辛さを控えめにするならともかく、まったく出さないのは如何なものかと皆で苦情を申し立て、次以降は辛い料理もテーブルに登るようになった。やはり旅先では土地の料理を食べたいのだ。
そんな貴州の料理は噂通り、辛味と酸味のバランスが絶妙でどれも旨かった。ごはんによく合う味わいは、どこか東南アジア料理、とくにタイ料理に通じるものがある。やや脂っこいと感じる皿もあったが、酸味が効いているせいかスルスルとお腹に入るのだ。そして辛さで舌が麻痺したころに、地元の銘酒茅台酒(マオタイ酒)で洗い流せば、またいくらでも食べられるのである。
そんな黔菜の中でもとくに気に入ったのが、苗族の郷土料理である酸湯魚だ。真っ赤なスープはとても辛そうだが、見た目ほどは辛くない。スープの赤はトマトを醗酵させたもので、爽やかな酸味の中にピリリとスパイスや香草類が効いている。この中にナマズや鯉などの川魚が1匹まるごと入っており、魚の旨味が溶けだしたスープは絶品である。
川魚といえば独特の臭みを嫌う日本人は多いが、こちらの料理はスープの力か、まったく臭みは気にならなかった。口の中でサッとほどける柔らかな魚を咀嚼し、爽やかな酸味のスープでさっと流し込む。薬味に加えた唐がらしが心地よい刺激を与えつつ、あとにはなんともいえない余韻を残してくれるのだ。じゃが芋や葉野菜なども名脇役で、すっかり酸湯魚の虜となってしまった。
上海にも貴州料理の店はいくつかあるので、ぜひまたこの快感を味わいに行きたいものである。
『天に三日の晴れなし、地に三里の平なし、民に三分の銀なし』と呼ばれる貴州省。
雨や曇りの日が多く、険しい地形が多いため開発も遅れており、中国内でもっとも貧しい地域であると謳った言葉である。実際そこまで酷くはないが、例えとしてはあながち嘘でもないようだ。
とくに三里の平なしとはいい得て妙で、都市部ですら街の至るところに起伏があり、少し奥地へ入ればそこはもう山ばかりだ。凱里市から未舗装の山道を約2時間ほど走ったところに、紙漉きと農業を主産業とする苗族の集落がある。川沿いに佇む家々はザッと見たところ30棟くらい。辛うじて電気は通っているものの、ガスも水道もないこんな山奥でも人々はのんびり暮らしていた。
子供たちは外国人(というより村人以外)が珍しいのか、やや警戒しながらも近寄ってくる。ぼくらがカメラを下げているのを見つけ、写真を撮ってくれと要求する。撮ってすぐに見られるデジカメが珍しいらしく、自分たちの写真を見て満面の笑みを浮かべた。
それにしてもこの村では、年頃の男性の姿をひとりとして見かけない。ここだけではなく苗族の村々のほとんどがそうで、目にするのは子供たちと老人ばかり。両親はどこへ行ったのだろう。
ふたり組の女の子に聞いてみたところ、父親は出稼ぎのために広州へ行っているそうだ。村に帰ってくることは年に何度もなく、現金収入を得るために必死で働いているという。父親が居ないのは寂しいけれど、街のお土産を持って帰ってくれるから。そういって、少女は明るく笑うのだった。
次に訪れたのは青曼村。ここもまた女子供と老人ばかりだ。主産業は刺繍と農業で、この村の刺繍に惚れ込んだとある日本人が、私財を投じてこの地に刺繍博物館を作ったという。こんな辺境の地で同胞が関った痕跡を見られたことが、なんだかとても嬉しく誇りに思えた。ぼくの知り合いには私財を投じて、雲南に学校を建てたという人もいる。彼らは本当の金の使い道を心得ている人だと、尊敬して止まない。
金の使い道といえば、今回紹介した村々ではほんの数十年くらい前まで、貨幣という概念がなかったのではないだろうか。もちろんまったくなかったとは思わないが、村内の自給自足と物々交換がほとんどで、現金を必要とする場面はほとんどなかったのではないかと思うのだ。
田畑を耕し、牛を追い、夜は満点の星空を眺めながら眠りにつく。いわゆる物質的な豊かさはなかったかもしれないけれど、ぼくらよりもずっと心は豊かだったのではないだろうか。ところが村に電気が通り、携帯電話も繋がるようになった。便利な暮らしは手に入ったが、その対価を支払うために男たちは街へと出ていく。果たしてそれは、彼らにとってしあわせなことなのだろうか。
西部大開発政策の一環として、今も貴州省や雲南省などに多額の資金が投入されつつある。苗族たちの今の暮らしぶりを見られるのも、あとわずかしかないのかもしれない……。
姉妹飯節は苗族のあいだに伝わる恋のお祭り。
かつて苗族のあいだでは、同姓同士での結婚は禁じられていた。ところが山間の小さな村ではほとんどが同姓。若い娘たちに出会いの機会はほとんどなかったのだ。そこで村の長老たちは考え、娘たちに植物の汁で色を付けたもち米(姉妹飯)を炊き出させ、これを河原に広げて振る舞ったり、歌や踊りを披露するように申しつけた。
娯楽の少ない山村でのこと、この催しはたちまち評判となった。周辺の村々からは噂を聴いた若い男たちが集まり、その場で何組ものカップルが誕生したという。これが姉妹飯節の起源である。
姉妹飯節は凱里市を中心とした苗族の村々でばらばらの時期に行われるが、その中でも旧暦の3月15日~17日にかけて施洞と呼ばれる集落で行われるものが、おそらく最大であろう。凱里から施洞鎮まではバスに揺られて約1時間。棚田の広がる光景を越え、緩やかに流れる揚子江の支流が左手に見えてきたらもうすぐ。地図はここで行き止まり、まさに最果ての村だ。
ようやくたどり着いた施洞では、そこかしこで刺繍や銀の装飾品が並べられ、食べ物の屋台もいくつか立っていた。観光客の姿もちらほら見られ、街の人たちもそわそわと浮き足立っているようだ。祭の前の雰囲気とはこんな感じなのだろうか。のどかな村が沸き立つ瞬間が迫っている。
民宿のような場所で素朴な農家菜をご馳走になり、いよいよ祭の会場となる広場へ向かう。何時からスタートといった取り決めはないそうで、三々五々人たちが集まってくる。広場中央では小気味良いリズムで太鼓が叩かれ、その周りを銀装の少女たちが軽やかに舞っていた。
郎徳村で見たような華やかさはないけれど、これが本来の姿なのだろう。少女たちの表情に笑顔は見られず、どこか緊張した面持ちだ。それもそのはず、現在ではその意義が薄れたとはいえ、この祭は彼女たちの未来の花婿探しであり、一種の成人式でもあるのだ。ぼくら観光客が思う以上に重要な意味を持っている。単調な太鼓のリズムと、少女たちの動きにあわせて鳴るしゃらしゃらという音を聞きながら、ぼくはそっと祭の会場をあとにした。
村内を抜け、村の外へ通じる道を歩いていると、多くの少女たちが集まってくるのが目に入った。銀装は全部で10~20キロ程度、祭のピークは涼しくなる夕方から日没にかけてとなる。
彼女らは徒歩で、あるいは舟で村までやってきて、現地で銀装を身に付けて踊りの輪に加わっていく。夜にはかがり火が焚かれ、その光が少女たちの纏う衣装に映りこんで大そう美しいと聞く。
今回は時間の都合でそれらを見ることなくこの地を去ることとなったが、いつの日かかならず、ゆっくりと村に留まって祭の全貌を見届けたいと思う。願わくばその時まで、この豊かな自然と素朴な暮らしが失われていないことを切に願うのであった。
中国の悠久の歴史の中で、各時代の王朝は征伐という名の侵略戦争をくり返してきた。
広大な大陸にある小さな国々は統廃合をくり返してきたが、名前は変われど民族としての習俗はそう簡単に変わるものではない。その結果、中国にはじつに55もの少数民族が暮らすという。
貴州省に暮らす苗族についてはすでに紹介したが、それ以外にも多くの少数民族たちが彼の地に住まう。55の少数民族のうち48種が貴州に暮らすというから、その民族の多様性には驚かされるばかりだ。彼らは今も自らの風俗を世に伝えているのだ。省都貴陽から西へ約1時間少しいったところに、天龍古鎮と呼ばれる小さな集落がある。ここに明代の習俗を今に伝える屯堡人と呼ばれる人々が暮らしており、自らを称して老漢族と名乗る。
明の時代。初代皇帝の朱元璋は西方の雲南にある対抗勢力を討伐するため、30万もの軍隊を南京より派遣した。彼らは討伐後も治安維持と監視のため、この辺りに駐屯を続けたという。
それから600年もの永きに渡り彼らはこの地に留まったが、自分たちは皇帝の軍隊であるという誇りを持ち、じつに1960年代まで他民族と交流を行なうことなく生きてきたという。そのため、この地には明代の漢族の風習文化が色濃く残っており、当時を今に伝える貴重な存在なのだ。
木材の少ないこの地では多くの建物は石造りであり、狭い路地のひとつひとつが明の時代から残っているものだという。女性たちは今も民族衣装に身を包んでおり、灰色の光景の中に鮮やかな青い衣装が美しかった。今は観光化された村だが、比較的ありのままを見せてくれる。
服装や言語などの習俗とともに現代に伝えられているのが、地劇と呼ばれる仮面劇である。
地劇は跳神とも呼ばれ、一種の神楽舞のようなものだ。通常は高い舞台の上ではなく地面で踊ることから地劇と呼ばれるが、今回は観光向けのせいか正面の舞台上にて行われるようだ。まずは雰囲気のある老人が長々と口上を述べるのだが、残念ながら聴きとることはできない。
やがて単調な太鼓のリズムに乗って、仮面を付けた男たちが舞台に飛びだす。ひらりひらりと舞いながら、剣や槍を打ち合わせる闘いの模様を描いていた。同じものを以前にどこかで見たことがあると思ったら、映画『単騎、千里を走る』の作中にて紹介されていたものだった。
原始的で魂に訴えかけるような舞いだが、残念ながら年々踊り手は減っているという。街の女性たちもまた今でも民族衣装に身を包んで生活をしているが、若者たちは徐々に旧い衣装を脱ぎ捨てて洋装へと変わりつつあるという。長く伝えられた習俗が今、失われようとしているのだ。
便利な現代の暮らしを享受することを禁ずるつもりはないが、願わくばこれまで脈々と受け継がれてきた風俗の炎を絶やさないでいて欲しいと、願わずにはいられないのであった。
貴州省は多くの少数民族が暮らす土地だが、それ以外にも豊かな自然は見どころのひとつだ。
州都貴陽からクルマで1時間半ほど走ると、黄果樹景観区と呼ばれる地域がある。この付近は溶岩性カルストで起伏に富み、多くの滝や鍾乳洞など自然の生み出す奇観を目にできるのだ。
黄果樹瀑布は黄果樹景観区の中心ともいえる滝で、落差は74メートル、幅81メートルを誇るアジア最大の瀑布だという。イグアスやナイアガラなど世界的に有名なものに比べて迫力に乏しいが、とある特徴を持っているという。じつは滝の裏側に平行して走る洞窟があり、6つの窓のよう開口部を通して、裏側の至近距離から、瀑布を通した風景を眺めることができる。
洞内は滴り落ちる水滴と、瀑布からのしぶきで意外と濡れる。冬場などは寒そうだが、逆に夏場であればさぞ心地よい空間となるのではないだろうか。かなりの人出なのでゆっくり立ち止まって見学することはできないが、大きな音を立てて流れ落ちる水のカーテンを堪能することができた。
黄果樹景観区では黄果樹を含めて、地表に出ているものだけでも18の滝があるという。それぞれ違った表情を見せてくれる、大小様々な滝を思うが儘に堪能してみるのもよいだろう。
滝の他にも外せないのが、風景区各所に散らばる鍾乳洞だ。鍾乳洞大好きなぼくとしてはすべてを観てまわりたいが、その中でもとくにお薦めしたいのが龍宮の鍾乳洞である。鍾乳洞に地底湖や地底川は付き物だが、こちらの洞窟は底面すべてが深い川となっている。見学者は小舟に乗り込んで、この地底川をさかのぼりながら洞内を探検することができる。
洞内は赤や緑の極彩色でライトアップされており、如何にも中国らしい。これらの照明が湖水にも移り込み、なんとも神秘的な様子を醸し出している。人工的な灯の下、乗り物で洞内を巡るという発想が、テーマパークのアトラクションのようで興味深かった。
風景区にはこの他にも少数民族の村や、水上桂林、ラフティングなどのアクティビティを楽しむこともできる。今回は日帰りの短期滞在だったが、もしまた彼の地を訪れることがあれば、他の観光名所も周ってみたいものである。貴州省の豊かな自然、これからも残していって欲しいものだ。