>  1  |  2  | 全部読む

2006年08月31日

●茶壷をそだてよう (紫砂器)

ひと月前に宜興で入手した茶器を紹介するといったまま、今の今まで忘れてしまっていた。

以前から締め切りに追われないと動き出せないタイプなので、期限がなければ放置状態だ。
これではいかんと事あるごとに思うものの、思うばかりで改善されてないのが現状である。

そんなわけで今さらの感はあるものの、宜興で買った紫砂の茶壷と茶杯を紹介させて頂く。

茶壷は黒光りするきめ細かな肌を持つもので、ぷっくりとした丸みを帯びた様子が愛らしい。
水切れもいいし、フタと茶壷の精度もぴったりで、値段を考えればまずまずの品だろう。

茶杯は竹を模した造りになっており、大きさも手頃で今ではすっかり愛用の品となっている。

紫砂茶壷:クリックで拡大 紫砂茶壷:クリックで拡大 紫砂茶壷:クリックで拡大 紫砂茶壷:クリックで拡大

これら紫砂陶器を使用する前にはまず、土粉や土の匂いを取るためのならしが必要となる。

まずは洗剤を使わずに古い歯ブラシなどでよく洗い、茶葉を入れた鍋で1時間ほど煮込む。
これをひと晩ほど浸け込んでおき、冷水で洗ってから自然乾燥させればならしは完了だ。

丁寧に使い込まれた紫砂は、美しい光沢がかかり茶器自体がほんのりと香るようになる。

ぼくは岩茶が好きなので、今回手に入れた茶器は岩茶専用としてじっくり育てることにした。
TEAsiaにて入手した大紅袍は何煎でも岩韻が続き、茶壷へ少しずつ香りを移してくれる。

今後、どのような艶と岩茶の甘い香りを身に付けていくのか、成長が楽しみな茶器である。

紫砂茶壷:クリックで拡大 紫砂茶壷:クリックで拡大 紫砂茶壷:クリックで拡大 紫砂茶壷:クリックで拡大

さて、ここでもうひとつ紹介せねばならないのが、同じく宜興で作った手作りの紫砂茶壷だ。

焼成の段階で割れることもあると聞いていたが、どうやら無事に焼き上がってきたようである。
出来あがりは正直、納得いくものではなかったので恥ずかしいのだが、約束なので公開する。

紫砂器は通常、光沢のあるなめらかな表面なのだが、手作りの持つ素朴さを強調してみた。

わざと形をいびつに歪めてみたり、表面を粗削りにして、手びねりによる作陶風を心がけた。
だが、現実には味があるというよりは、手抜きによる粗雑な雰囲気にしか見えないようだ。

基本を無視して応用に進んでも、あまりよい結果は得られないという教訓を残すこととなった。

なお、これらの紫砂器は宜興まで行かずとも上海市内で買えるが、初心者には敷居が高い。
鑑定眼を持たないとニセ物を掴まされかねないし、本物だとしても相場が判りにくいのだ。

そこでお勧めしたいのが日本人店長のいる、中国茶のブティックと銘打つTEAsiaである。

店長自らが選んだ特選の茶器や、質にこだわって仕入れた茶葉を懇切丁寧に説明してくれる。
来週末よりオープン半周年記念の茶器販売を行なうそうなので、この機会にぜひ利用したい。

 

-------------------------------------------------
TEAsia (ティージア) -Chinese Tea Boutique-
住所 上海市盧湾区長楽路55号(長楽路 x 重慶路、地図
営業 11:00~21:00 (水曜定休)
電話 021-5383-8173
交通 地鉄2号 黄陂南路 徒歩8分 / 公交 重慶南路(02,146,920,926,945路)徒歩5分
価格 喬木古樹茶(プーアル餅茶) 120RMB / 黄金桂 35,65,200RMB (小,大,特大)
言語 日本語 / 英語 / 中国語
備考 開店半年記念セール 2006/9/9~9/17まで
網址 http://teasia.googlepages.com/home

2006年08月04日

●桃狩りと夏休みの風景 (陽山)

昔々、太湖のほとりにそびえる陽山の麓に、白頭と呼ばれる老人が住んでいた。

ある日、白頭老人は山歩きの途中に足を滑らせ、崖から転落して気を失ってしまった。
目を覚ますと二人の仙女が目の前におり、果樹から実を落としている現場を目撃する。

彼女たちがいうには、天界から零れ落ちた仙桃の種がこの地で水蜜桃の樹になったという。

若返りと不老長寿の効果がある水蜜桃を分けて貰った白頭は、本当に若返ることができた。
それを聞いた地主は、水蜜桃の樹を自分の庭に植え替えたのだが程なく枯れてしまった。

一方、白頭は食べた桃の種を蒔き、以来無錫では水蜜桃を栽培するようになったという。

陽山の水蜜桃:クリックで拡大 陽山の水蜜桃:クリックで拡大 陽山の水蜜桃:クリックで拡大

上記は無錫地方に伝わる昔話であり、陽山は中国でも屈指の水蜜桃の産地として有名だ。

陽山の水蜜桃は形が大きく、艶があり、香りもよく、皮が薄く、果汁が多く、とても甘いと聞く。
今がまさに最盛期だという無錫陽山の水蜜桃を味わうべく、一軒の桃農家を訪れたのだ。

いかにも肝っ玉かあさんといった風情の女主人に従い、生い茂る桃畑へと分け入っていく。

注意深く観察すると果樹の枝に、新聞紙に包まれたずっしり重い桃が鈴生りになっている。
傷つけないよう注意深くもぎ取れば、フワリと甘い蜜の香りが漂い、ゴクリと喉が鳴る。

炎天下で熱中症になりそうながらも、旨そうな桃を手に入れ農家へ揚々として引揚げた。

陽山の水蜜桃:クリックで拡大 陽山の水蜜桃:クリックで拡大 陽山の水蜜桃:クリックで拡大 陽山の水蜜桃:クリックで拡大

中国人が桃を喰うとき、日本人のようにわざわざ皮を剥くような真似はしない。

彼らにいわせれば剥くのが面倒なのと、皮の部分にも栄養が含まれているからだという。
郷に入っては郷に従えの言葉通り、ぼくも皮を剥かずにそのまま食らってみることにした。

陽山の桃は無農薬有機栽培なので、産毛を取るよう軽くこすり洗えばそのままでもOKだ。

思い切って皮の上からツプリと歯を立てれば、柔らかな果肉の中にズブズブと歯が埋まる。
えぐるように噛み取れば、典雅な甘味と僅かな酸味を残す果汁が口中に広がっていく。

たっぷりのジュースが喉を滑り落ちていく様は得もいわれぬ快感で、しばし恍惚となった。

土間に椅子を並べ、採ったばかりの桃やスイカを齧りながら、取り留めのないおしゃべり。
吹き抜けていく風には夏の香りが含まれ、親戚の家で過ごす夏休みのような気分だった。

このままここに留まって、夜は庭先で花火なんてのも楽しいかもしれないと思わせてくれた。

2006年08月03日

●無錫旅情 (太湖遊覧)

無錫旅情という古い歌がある。

尾形大作氏が歌う1987年のヒット曲で、彼はこの曲を引っさげて紅白にも出場したという。
20年くらい前なら知っていても不思議はないが、残念ながら曲名くらいしか記憶にない。

失恋の痛手を癒そうと無錫を訪れた男が、やがて彼女とやり直しを決意する内容だそうだ。

日本人のぼくですら知らないような歌を、中国人のツアーガイドが知っているのは驚きだった。
職業柄かとも思ったのだが、多くの無錫人は知っており、太湖のほとりには石碑もあるらしい。

彼のおかげで無錫を訪れる日本人が大幅に増加したそうだから、大した貢献であろう。

無錫旅情:クリックで拡大 無錫旅情:クリックで拡大 無錫旅情:クリックで拡大

歌詞の中で「昔ながらのジャンクが走る」とある太湖を、観光船で遊覧することになった。

この観光船、パッと見はまさに「昔ながらのジャンク」であるが、中身は空調完備の最新鋭。
ジャンク(戎克)とは中国式の帆船であるが、これについてちょっとしたエピソードがある。

かつて太湖にも多数のジャンクが帆走していたが、近代化の波により今では見る影もない。

ところが無錫旅情を聞いてここを訪れた日本人たちは、やはり歌と同じ風景を期待する。
そこで市政府は恩返しとして、数千万元をかけてジャンク風の遊覧船を用意したという。

よってこの船は日本人専用であり、中国人はこの船に乗ることができないとはガイドの談。

無錫旅情:クリックで拡大 無錫旅情:クリックで拡大 無錫旅情:クリックで拡大 無錫旅情:クリックで拡大

中国の船に中国人が乗れないとは、なんだか申し訳ないような気分で乗り込んだものの
エンジン音も高らかに船が動き出してしまえば、そんな気持ちも風と共に消え去っていく。

埠頭を離れると帆を上げるのだが、帆走ではなく単なる飾り物のようでおかしみを誘う。

とはいえ、古い木造船を模した船体に高々と帆を広げ、風を切って進む様はムード満点。
突き刺すような熱い日差しを物ともせず、乗客は甲板に出て湖上からの風景を楽しんだ。

歌詞にも出てくる三山や鹿頂山を眺めつつ、船は太湖の上をすべるように走るのだった。

2006年08月01日

●紫砂茶壷をつくろう

今回の旅は紫砂器に触れる旅ということで、非常に盛り沢山であり有意義な内容だった。

工場を後にした我々は食事を済ませたあと、龍窯と呼ばれる中国式の登り窯を見学した。
斜面に沿って伸びる窯が龍の背に似ており、明の時代から伝わる歴史あるものだった。

陶器博物館を訪れ、古代の出土品や明・清代の作家の作品などを鑑賞する機会も得た。

博物館に関しては普通に宜興を訪れても見学することは可能であるが、いにしえの龍窯や
作家の工房などはコネがなければ難しいので、大変貴重な体験をさせて貰ったように思う。

このような貴重な機会を与えてくれたTEA Camelliaの老板には感謝せねばならない。

茶壷製作:クリックで拡大 茶壷製作:クリックで拡大 茶壷製作:クリックで拡大 茶壷製作:クリックで拡大

そして、この日のクライマックス的なイベントが、実際に茶壷の製作を体験する時間だ。

事前に茶器製作とは聞いていたが、単純な意匠の茶杯を作るものとばかり思っていた。
しかし、その予想はよい意味で裏切られ、素人がいきなり茶壷を作ることとなったのだ。

粘土を適度なサイズに分けて型抜きして、各パーツを丁寧に整形して組み合わせていく。

こう書くと簡単そうだが、実際にはなかなか思ったように行かず、粘土と格闘する羽目に。
わりと大変ではあったものの、物造りの楽しさを再認識させてくれるよい時間であった。

最後に裏面にサインを入れ、乾燥を経て職人の手によって窯焼きされれば完成だ。

焼き上がった茶壷は後日、自宅へ郵送してくれるのだが焼成の段階で割れるものもある。
完成した暁にはこの場で紹介するが、一向に更新がない場合は割れてしまったのだろう。

ぼくもショックだと思うので、そのときはどうかそっとしておいて欲しいものである。

2006年07月31日

●紫砂壷について

今さらの感もあるが、ここで今回の旅で得た紫砂壷に関する知識を復習しておこう。

紫砂壷とは文字通り紫砂という土で作った茶壷(急須)で、宜興市のみで作られる工芸品だ。
この茶壷で茶を淹れると雑味や渋味を除いてくれるといわれ、最高の茶具と称されている。

その秘密は無数に空いた気孔で、小さな穴が雑味を吸着しながら保温性を高めているのだ。

原料の紫砂はここ宜興でのみ産出され、その割合は採掘した原土中に0.1%含まれるのみ。
故に紫砂は泥中之泥と呼ばれ非常に稀少視され、近年はその採掘量も減少傾向にある。

鉄分を多く含んでおり焼成すると固く焼き絞まり、叩けばキンと澄んだ金属音がする。

紫砂壷工場:クリックで拡大 紫砂壷工場:クリックで拡大 紫砂壷工場:クリックで拡大

現代の紫砂壷は作家が作る1点もの、国営工場による量産品、雑多なものに大別される。

世界的に紫砂壷の人気が高まる中、国や省は優れた作家を優遇するため資格制度を導入。
高位の作家が作る作品は芸術品として珍重され、非常に高価で取引されているようだ。

国営工場では登録作家の作品も扱うものの、大部分は型抜きによる量産品を扱っている。

量産品とはいえ、その作業は手作業で行われ、長いキャリアを積んだ熟練工の手による。
作家物ほど高価ではないものの、それなりの品質を有したものを求めることも可能だ。

その他の多くは作家物のコピーやアルバイトが作ったもので、質もあまりよくないようだ。

まっとうな紫砂茶壷を手に入れたければ、作家の工房を訪れて直接売買取引を行なうか
信頼できる国営工場などで、比較的安価な茶壷を買い求めることになるようである。

紫砂壷工場:クリックで拡大 紫砂壷工場:クリックで拡大 紫砂壷工場:クリックで拡大 紫砂壷工場:クリックで拡大

作家物の目を剥く価格にノックアウトされたぼくらは、安価な茶壷を求めて工場を訪れる。

通常、土曜日の製作現場は休みだそうだが、この日は運よく作業中の職人を見学できた。
雑多な道具が並ぶ埃っぽい作業場で、丁寧に茶壷を仕上げていく表情は真剣そのもの。

ここでは作家が製作した原型を使い、型抜きという工法を用いて同様の茶壷を量産する。

大量生産の量産品とはいえ、その工程はほとんど手作業なのだが手際よく作業は進む。
特にこだわりがないなら、普段使いの茶壷はこのようなものでも必要十分だと感じた。

工場の売店では作家物から量産品までが多数展示されているので、好みの作品を選ぼう。

紫砂の茶壷は長らく愛用していくと、独特の艶と茶の香りを身に付けて成長していく。
茶そのものだけでなく、茶道具を愛で育てていく新しい楽しみを手に入れることができる。

なお、今回手に入れた茶壷や茶杯については、またの機会に紹介させて頂くこととする。

2006年07月30日

●道具としての価値

世界最小最軽量とはなかなか甘美な響きである。

主に携帯型の電子機器などに冠されるもので、携帯電話や音楽プレーヤなどの宣伝文句だ。
かつて肩にかけて使った移動電話(携帯)も、今では失くしてしまいそうなほど小さくなった。

手のひらに収まるちっぽけな電子機器に、高度な機能が詰まっているとワクワクするものだ。

これらは主に身に付けて利用することを前提にしているため、軽さと小ささが要求される。
では、身に付けたり携帯しない茶壷の、重量とサイズを追及するとどうなるのであろうか。

答えは小さ過ぎて使い物にならないだが、これを実践してしまった職人に宜興で出会った。

茶壷工房:クリックで拡大 茶壷工房:クリックで拡大 茶壷工房:クリックで拡大

周氏は蜀山旧街に工房を構える作家で、ギネス認定の世界最小の茶壷を作った職人だ。

直径6ミリ程度の茶壷はちゃんと蓋を開けることができ、もちろん湯を入れることも可能だ。
だが、茶葉は1枚も入らないし、穴が小さ過ぎるので水圧をかけねば茶も出てこない代物。

茶壷として考えれば完全な失敗作であり、はっきりいえば使い物にならない無用の長物だ。

だが、技術力のデモンストレーションと考えれば大アリだし、何よりその遊び心が大好きだ。
きっと作業の途中、ちょっとした気分転換に小さいのでも作ってみようと思ったに違いない。

ぼくがもう少し中国語ができれば、その辺りの突っ込んだ話しも聞いてみたかったものだ。

茶壷工房:クリックで拡大 茶壷工房:クリックで拡大 茶壷工房:クリックで拡大 茶壷工房:クリックで拡大

もちろん普段からこんなものばかりを作っているわけなく、真っ当な作品のほうが多い。

大量生産の茶壷と違い作家手ずから、ひとつひとつ手作りで作っていく1点ものばかり。
彼ほどの有名作家ともなると小さなものでも800元、高価なものでは1万元を越える。

工房でも直販されており、上海で買う半値程度との話しではあったが手が出なかった。

コレクションとしてならともかく、そんな高価な代物は恐くて普段使いには使えないのだ。
お茶を入れることが出来ない飾り物に、果たして茶壷としての価値はあるのだろうか。

作家モノの茶壷はもはや茶壷ではなく、芸術品になってしまっていると感じたのだった。

2006年07月29日

●ノスタルジア (蜀山旧街)

雄大な太湖の西岸、江蘇省の南端に宜興という小さな地方都市がある。

ほとんどの人はその名前すら聞いたこともないような、ごくごく平凡な田舎町であるのだが
少しでも中国茶をかじった人なら、紫砂壷の産地と聞けば思い当たる節があるはずだ。

宜興市はいくつかの街が寄り集まり市となったもので、紫砂の産地はさらに南に下る。

市の中心地からクルマで30分ほど行ったところに丁蜀鎮という、さらに小さな町があり
この場所でのみ産出される紫砂という上質の土を使って、紫砂器は作られているのだ。

今回、縁あってこの紫砂の町宜興を訪ねたので、この場を借りて紹介したいと思う。

蜀山旧街:クリックで拡大 蜀山旧街:クリックで拡大 蜀山旧街:クリックで拡大

丁蜀鎮を縦横無尽に走る運河沿いに、蜀山旧街と呼ばれる古い街並みが残る地域がある。

紫砂器の集散地として栄えた町は、今では時に置き忘れ去られたかのような静寂に沈む。
幾人かの作家は今もこの地に工房を構え、紫砂との繋がりを辛うじて現代へと伝えていた。

幅2メートルもない細い通りの傍に佇む建物は、どれも崩壊寸前で廃墟のようにすら見える。

だがしかし、注意して目を凝らしてみれば、それぞれの家屋の中や路地裏の洗濯物から
300年も前から変わらないであろう、この町で暮らす人々の生活の息吹が伝わってくる。

入り口を開け放った建物内を覗き込めば、ホーロー引きの器で飯を喰らう老人と目があった。

蜀山旧街:クリックで拡大 蜀山旧街:クリックで拡大 蜀山旧街:クリックで拡大 蜀山旧街:クリックで拡大

ガタガタと音を立てる石造りの溝蓋や、軒先に吊るされた乾物からノスタルジーが漂う。

自分が生まれ育った町とは根本的に違うはずなのに、何故だか郷愁の念に駆られるのだ。
知らないはずなのにどこか懐かしい、そんな不可思議な香りに満ちた町をゆっくりと歩く。

まるで過去の記憶の中を彷徨い歩くような、奇妙な感覚が全身をゆっくりと支配していく。

路地から顔を覗かせるみすぼらしい野良犬、草いきれのする原っぱ、そびえ建つ煙突。
そういったものすべてが何故だかかけがえなく思え、強い愛おしさを感じさせるのだ。

丁蜀鎮の歴史を伝える蜀山街は、懐かしくも切ない記憶の入り口に建つ町でもあった。

2006年04月28日

●歴史ロマンの丘 (虎丘)

蘇州を訪れたらぜひ見ておきたいのが、山塘街にほど近い虎丘と呼ばれる場所。

かつて宋代の詩人の蘇東が「蘇州に遊びて虎丘に遊ばずんば憾事也」と歌ったそうで
太古から観光地として有名だったとは、この国の歴史の深さを思い知らされます。

クリックで拡大 クリックで拡大 クリックで拡大 クリックで拡大

虎丘は春秋時代、呉の闔閭王(在位 BC515-496)の墓址だと伝えられています。
じつに2,500年近い歴史を持っていることになりますから、スケールが違いますね。

名前の由来は、この丘がうずくまる虎の形に見えるからというストレートなもの。

別の一説によれば、呉王闔閭の葬儀3日目に真っ白な虎が現われ、塚の上に臥して
王の墓を守護したからとも伝えられており、こちらのほうがロマンがありますね。

これ以外にも剣が大好きだった闔閭のために3千本もの宝剣が副葬されているとか
王の墓所を秘密にするため、工事に関わった職人はすべて殺害されたなどの伝説も。

どこまでホントか判りませんが、秦の始皇帝は伝説を真に受けて掘ってみたそうです。

残念ながら何もでなかったみたいですが、果たして真相はどうなっているのでしょう。
こういう歴史上の伝説は、伝説のままにしておいたほうがいいのかもしれませんね。

クリックで拡大 クリックで拡大 クリックで拡大

入場料は60元となかなか高額で、ほんの5~6年前までは20元程度だったそうなので
値上げするにしても程がありますが、それだけ観光客が多いのでしょうね。

門をくぐると小高い丘の上に古い塔がそびえ立ち、これからの行程を期待させます。

敷地内にもお堀のように運河があり、可愛らしい小舟で遊覧することも可能ですが
残念ながら帰りの列車の時間が迫っているので、後ろ髪引かれながらもスルー。

試剣石、千人石なども見所らしいものも、これらも簡単に眺めるだけで通過しました。

丘の途中にある剣池は闔閭王の墓だといわれる場所で、深閑とした神秘的なイメージ。
切り立った石壁に挟まれた空間には蔦が這い、なみなみと水が湛えられています。

もともとは池ではなかったのですが、宝探しのために掘った穴に水が溜まったんだとか。

こんこんと湧き出す水は涸れることがなく、もしもこの池が干上がることがあれば
それは蘇州が滅び去るときであるとの言い伝えが、今も残されているそうです。

クリックで拡大 クリックで拡大 クリックで拡大 クリックで拡大

そこからもう少し登ると、虎丘いちばんの見所である山頂の雲岩寺塔(虎丘塔)です。

創建は961年(北宋)でレンガ造りの八角形の七重塔で、まるで呪われているかのように
7度も火災にあっており、現存しているものは清代に入ってから作られたものです。

約400年ほど前より地盤沈下のため傾いており、中国版ピサの斜塔とも呼ばれています。

基礎部分の補強工事により傾斜は止まっていますが、今でも約15度に傾いており
そのうち倒壊するのではないかとの危惧を、見るものに植えつけてくれました。

この塔がすごくよい雰囲気で、建築的には中国というよりカンボジアの遺跡のよう。

以前は実際に登ってみることもできたようですが、現在は主に安全上の理由から
内部は立ち入り禁止となっており、外観を見上げるだけに留まりました。

見所満載の虎丘でしたが時間の関係で駆け足観光、ぜひまた訪れたい場所ですね。

 

-------------------------------------------------
虎丘
蘇州市虎丘山門内8号
営業 8:00~17:00 (入場券販売は16:30まで)
交通 5番バス 虎丘駅下車
入場 60RMB (オフシーズンは40RMB)

今回の記事はかねてからの要望に答えて、画像クリックで拡大表示します。
もし、お気に召して頂けましたらランキングにご協力くださいませ。

> 全部読む |  1  |  2