2007年08月21日

●上海上空いらっしゃいませ (金茂大厦)

まだ出張者としてこの街を訪れていたころ、浦東の東方明珠塔に登ったことがある。

どうせ登るならいちばん高い場所までと、100元のチケットを買って地上350メートルの展望台を訪れた。しかし、薄汚れた窓の外には安全のための鉄枠が大きく張り出し、おまけに下界はガスに包まれてよく見えない。かなり狭い展望台はすし詰め状態で、あまりよい想い出がなかった。

外灘の夜景 from 金茂大厦:クリックで拡大
まるで空中遊覧のように、上から視点で外灘を一望
そこでお勧めしたいのが、金茂大厦にある空中展望台だ。金茂大厦は高さ420メートル、現時点では世界で4番目に高いビルだ。88階に大展望台、53階から87階はホテル(グランドハイアット)、その他のフロアにはオフィスやレストランなどが入る、メガストラクチャーである。

展望台(340メートル)には地下1階にある専用高速エレベータにて、あっという間に到着する。

展望フロアから窓の外に広がる景色は圧巻。上海のシンボル、東方明珠塔や外灘の夜景が眼下に広がっている。まるで光の粒を振りまいたかの風景は、美しいの一言だった。そしてもうひとつの見所がビルの内側。高さ152メートルもある、グランドハイアットの巨大アトリウムは必見だ。

ところで金茂の高さは420メートルであるのに対し、最上階の展望台の高さは340メートルしかない。避雷針などの高さも含むのだろうが、それにしたって差が大きすぎる。噂によればVIPしか入れない、特別展望室が存在するのだとか。もしそうなら、そこからの夜景も見てみたいものだ。
 

店名金茂大厦 観光廳(展望台)
ジャンル夜景スポット
住所上海市浦東新区世紀大道2号 金茂大厦88F (世紀大道 x 銀城中路、交差点付近)
営業時間8:30~21:00
電話番号021-5047-5101
アクセス地鉄2号 陸家嘴 / 公交 陸家嘴地鉄站(81,583,774,797,870,971,973,985路) ほか
予算70RMB (身長120cm以下は割引あり)
備考東方明珠塔を含む外灘の夜景が一望の下に!
Spot Information

2007年07月09日

●アテンドは水郷へ (朱家角)

ここ上海は、一般的な日本人がイメージする中国像とは、ややかけ離れた街である。

近代的なビルが立ち並び、様々な娯楽や商品、食物が溢れている。古きと新しきが混在する混沌とした空間こそが、この街の大きな魅力だが、日本から訪れた旅行者にはイメージ通りの中国も見せてあげたいと思うのだ。そんなとき、ぼくがアテンドに利用するのが水郷の街、朱家角だ。

朱家角の路地:クリックで拡大
如何にも中国な雰囲気漂う路地
朱家角は上海の南東約40キロ、淀山湖のほとりに佇む歴史ある街だ。明代には既に鎮として成立しており、その起源は三国時代から続いているという。「小橋、流水、人家」と呼ばれ、明・清代の街並みと古鎮で暮らす人たちの生活を現代に伝える場所だ。

上海市内からのアクセスは、旅遊集散中心から出ている旅遊バス(4号線)が便利。20分間隔で出発するバスに乗り込み、朱家角までといえばわずか1時間でたどり着く。人民広場から出る路線バスも利用可能だが、こちらは停車駅が多いので約1時間半の時間が必要だ。時間優先の場合はタクシーもありだろう。

駐車場で門票を買って中に入れば、そこはもう水郷の街だ。

江南地方の水郷はどこも似たような雰囲気だが、細かく見ていくとそれぞれ特徴があって面白い。今回5度目の朱家角訪問となるが、訪れる季節や相手が違えば、また新たな発見もある。

いつもは人でごった返す朱家角も、この暑さのせいか観光客はまばらだった。ぼくらは目的もなく、ぶらぶらと街を散策し、写真を撮ったりお店を冷やかしたり。あまりの暑さにくらくらしたけれど、古い石橋のたもとで食べたアイスキャンデーは、魂に染み入る冷たさで旨かったのだった。

 

店名江南古鎮 朱家角
ジャンル観光地(水郷)
住所上海市青浦区朱家角鎮
電話番号021-5924-0077
アクセス上海体育館内旅遊集散中心より旅遊4号線で片道約1時間 12元
入場10RMB / 60RMB(史跡・展示物観覧券付き)
備考上海から気軽に来られる小規模な水郷
Shop Information

2007年01月04日

●ディープ上海観光

まだ上海はほとんど観光していないというDidiとふたりで、市内観光ツアーを行なった。

この日はコアでディープな観光と銘打ち、ガイドブックなどでは紹介されない濃い上海を紹介。
相手の好みを聞きつつ、自分の色を加えてツアー行程を考えるのはなかなかに楽しいものだ。

現地の暮らしぶりを知りたいとのリクエストに応じ、移動はできる限り徒歩で街並みを見ながら。

まずは定番、石門一路改め南京西路駅近くの呉江路の小吃街にて小楊生煎館で軽く朝食を。
同じく日本から旅行中だというふたり組と会話を楽しみつつ、熱々の生煎を堪能して頂いた。

続いて近所の淘宝城で偽ブランド品の売買現場などを見学して、この街の裏の面を見て貰う。

南京湯包で小龍包を食らう:クリックで拡大 立ち退きを迫られる再開発地区:クリックで拡大 老上海茶館:クリックで拡大 路上で餃子を作るおばさん:クリックで拡大

人民広場を抜けて太極拳などを見学したあと、寿寧路で湯包や露天の水餃子などを食べる。

洒落たレストランで本格的な中華料理もよいけれど、こんなローカルな小吃も捨てがたいもの。
パラソルの端からこぼれる雨滴を避けながら、茹でたてを頬張る水餃のなんと美味しいことか。

腹を満たしたあとは骨董市などが好きというDidiのため、小雨降る東台路の骨董街を散策した。

そこから人民路に抜けて雑多な屋内市場を見学した後、裏通りの再開発区域をゆっくり歩く。
古く味のある建物が次々と取り壊され、瓦礫の山があちこちに積み上げられた光景は寂しい。

大境路の市場通りも見学しつつ、古きと新しきが混沌とするこの街の行く末について語り合った。

大境路の路上市場:クリックで拡大 アルトコーヒーの研究室:クリックで拡大 東台路の骨董市:クリックで拡大 松屋式ドリップの野村さん:クリックで拡大

2時間半ほどみっちり歩いたので、豫園近くの老上海茶館にて休憩のため午後のティータイム。

しばらく優雅な時間を過ごしたあとは、豫園商城やローカルな商店街を散策しながら黄浦江へ。
移転したという佳家湯包を求めひたすら歩き続けたのだが、見つけられなかったのが心残りだ。

ツアーの締めくくりは北外灘の研究室で、旨いコーヒーを楽しみつつ現地起業家の話を伺った。

次々と紡がれる言葉は、ときに青臭いながらも、夢や理想、将来への希望に満ち溢れていた。
今回の旅を通してDidiは何を見、何を感じたのか、そして今後の彼の人生にどう影響するのか。

2時間ずっと語り尽くし店をあとにするころには、朝から降り続いた雨も、いつしかあがっていた。

2007年01月02日

●おもてなしの心 (周荘)

WISH CLUBのもっちゃんと出会い、ぼくもいつか『おもてなし』活動に参加したいと感じていた。

彼らは人種・国境を越えた友達づくりを可能にするための、機会と場所を提供する非営利団体。
その活動の一環として『おもてなし』という、外国人旅行者を迎え入れる活動を行なっている。

具体的には歓迎の宴を開いたり、宿泊先の提供、また観光地へのアテンドなどなど多岐に渡る。

しかし、残念なことに主な活動の舞台は日本であることや、ぼくの言語力不足で参加は困難だ。
そこでせめて上海で出会いの場を創出しようと、ブログ上やmixiのコミュを使って活動を開始。

現地在住者だけでなく、旅行者への情報提供や、水産市場でのおもてなしを行なってきたのだ。

水路にたゆたう小舟:クリックで拡大 刺繍入りの小さな靴:クリックで拡大 昔ながらの糸車:クリックで拡大 仄暗い闇の中から:クリックで拡大

杭州で出会ったDidiは行く宛がないというので、上海に連れ帰って我が家でもてなすことにした。

見ず知らずを家にあげることを快諾してくれた妻や、おもてなしにつき合ってくれた仲間に感謝。
ぼくもちょうど正月休みで予定もないから、Didiへのアテンドも兼ねて近郊にある周荘を訪れた。

周荘は上海体育館の旅遊集散中心からバスで1時間半、古い街並みの残る美しい水郷の街。

同じく水郷の街である朱家角には何度も訪れているので、周荘も同じようなものだと侮っていた。
だが、実際に訪れた周荘はスケールが大きく、明・清代の建物が多く残る街並みは風情がある。

細い路地をのんびり散策すれば、中世中国の水郷都市にタイムスリップしたかのようであった。

路地裏の風景:クリックで拡大 アンティークな家具:クリックで拡大 提灯のある風景:クリックで拡大 立ち飲みカウンター:クリックで拡大

古いものでは元代から残る石橋を渡り、豪商の住居を訪ね、渡し舟に乗って水路から街を望む。

アテンド役というよりも、ぼくら自身がすっかり観光客となって、大いに水郷の街を楽しんだのだ。
ただ事務的に案内されるよりも、一緒になって楽しんだほうが相手だって嬉しいはずだと思う。

歴史を感じさせる食堂で特産の阿婆茶を飲みながら、なぜか合コン攻略法を語り合ったりした。

妻とふたり、観光地を巡る旅も楽しいけれど、こんな風に仲間とわいわいやるのも格別である。
願わくばいっしょに周ったDidiや仲間たちも、同じように感じてくれていればよいのだけれど。

帰りのバスにてうたた寝しながら、今後もこんな風に大勢で旅行できたらいいなと思うのだった。

2006年11月14日

●行きつけの観光地 (朱家角)

第5回目くらいかにツアー』の後半には、水郷の街である朱家角ツアーが組込まれている。

過去3度ほど朱家角に行ったことあるぼくとしては、出来れば周荘辺りにして欲しいものだが
聞けばこのツアーでは毎回朱家角に立ち寄るようで、同じく3度、4度目の猛者揃いだった。

まさか個人の都合で行き先を変えて貰うわけにはいかないので、気持ちを切替え楽しむことに。

中国人ガイドの高さんの説明を聞きながら、まずは街の中央にかかる放生橋にて記念撮影だ。
中国人たちはカメラを構えていても遠慮なく前を横切るので、ベストショットはなかなか難しい。

それでもなんとかお気に入りの1枚をカメラに収め、ガイドに連れられ次のポイントに向かった。

橋の上から:クリックで拡大 とある通路:クリックで拡大 陽気な船頭さん 雑多な店が並ぶ:クリックで拡大

一通りの案内も済み自由行動となったものの、出発までに残された時間はわずかしかなかった。

しかし勝手知ったるなんとやらで、限られた時間で定番のチマキを買い食いし、商店を冷やかし
朱家角は初めてという友のため、30分コースの渡し舟を20分に短縮して貰い、観光をこなした。

もう飽き飽きだといいながらも、終わってみれば意外と観光を楽しんでいる自分がいたのである。

思うに慣れた場所、知っている場所であっても、いっしょにいる相手が違えば雰囲気も違うのだ。
同行者が違えば新しい発見があったり、違う楽しみ方ができるのだなということを教えられた。

しばらくのあいだは遠慮したいものの、違う相手とならばまた行ってみるのもよいかもしれない。

 

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江南古鎮 朱家角
住所 上海市青浦区朱家角鎮
交通 上海体育館内旅遊集散中心より旅遊4号線で片道約1時間/12元
入場 景観観光のみ10元(史跡・展示物観覧券付きは60元)

2006年11月08日

●第5回目くらいかにツアー

かつて江南地方には、2本のハサミと8本の足を持つ、夾人虫と呼ばれる虫が棲息していた。

この地方は水害が起き易く、水とともに訪れる夾人虫は稲を喰い、ハサミで人を傷つけたという。
朝廷より派遣された巴解という男は、水害を減らすため陽澄湖付近にて治水工事を敢行した。

ところが夜に現場で火を焚くと、これを見た夾人虫の大軍が集り作業員を次々に虐殺したのだ。

困った巴解は一計を案じ、城のまわりに堀を築き、堀には熱湯を満たし夜を待って火を焚いた。
襲来した夾人虫は作戦通り堀に落ちて煮え死に、その甲羅を割って喰うと大変旨かったという。

以来、夾人虫は勇敢な巴解の足下にいる虫という意味で、蟹と呼ばれるようになったという。

自己紹介タイム:クリックで拡大 ついに登場、山盛りの上海蟹:クリックで拡大 集合写真

上海蟹の産地で知られる陽澄湖に伝わる伝説だが、退治した怪物を喰うところが中国らしい。

そんなおどろおどろしくもユーモラスな伝説を持つ陽澄湖に、週末を利用して蟹退治に訪れた。
旨いものを喰うためなら何処へでもいくぜと頼もしい相棒たち、総勢27名の大所帯である。

貸切りのバスにガイドまでつけて、高速を揺られること1時間くらいで目指す湖へと到着した。

大型バスが多数停まれる大駐車場を取り囲むように、派手なネオンの蟹餐庁がいくつも並ぶ。
一旦店に予約をおこない付近の観光に出かけたが、運転手が道に迷ってグルグル走っただけ。

おかげですっかり腹を空かせた蟹ツアー一行は、目を血走らせながらレストランへ乗り込んだ。

生け簀の中は蟹だらけ:クリックで拡大 生け簀だらけ:クリックで拡大 器用に縛っていく:クリックで拡大 陽澄湖:クリックで拡大

簡単な自己紹介を済ませたあと、土地の料理を楽しんでいると、やがて目当ての蟹が登場した。

サイズとしては前回の海鮮まつりのものと同等程度だが、本場の陽澄湖で喰う蟹は絶品だった。
なにより味噌の量が多く、しかも濃厚であり、ホクホクした卵やネットリした白子もたっぷりである。

我々は言葉を発するのも忘れ、口の周りや手を黄色くしながら、貪るように夾人虫を退治した。

蟹や料理をたらふく食べたあとは近所の蟹売所に移動して、生け簀で蠢く上海蟹を購入しよう。
金色の爪を持つ正真正銘、本物の陽澄湖産の大きなサイズが一対で90元とお値打ち価格だ。

全部含めて、市内で大きめの蟹ひとつ喰うよりも安い蟹ツアー、今後も参加したいものである。

 

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第5回目くらいかにツアー
主催 ちょろ旅行(Special Thanks:きんぐちょろ氏)
開催 2006/11/05
予算 270RMB(バス、ガイド、高速、駐車場、朱家角観光など含む)

2006年06月24日

●さよなら北京

比較的のんびりと観光できた初日、二日目と違い、最終日は慌ただしい1日となった。

当初の予定では初日、紫禁城以外にも数ヶ所の観光地を観て周る予定だったのだが
故宮はじっくりと見学したかったので、他の予定はすべて最終日に回されたのだ。

もちろんすべてを観て周るのは不可能だろうが、可能な限り詰めこむ作戦となった。

まず朝一番で毛沢東記念堂を訪れてこの国の英雄を弔問し、次は天壇公園へと向かう。
景山公園では紫禁城の全景を見霽かし、そこから近場の北海公園まで移動する。

北海公園の承光殿や九龍壁などを見学したあと、宮廷料理で有名な御前堂で昼食を。

最後は瑠璃廠という骨董街を散策したのち、胡同と呼ばれる古い路地を通り抜けて
ホテルで荷物を回収後は空港へ向かい、夕方の便で上海に戻る強行スケジュールだ。

北京 :クリックで拡大 北京 :クリックで拡大 北京 :クリックで拡大 北京 :クリックで拡大

まずは予定通り毛沢東記念堂を訪れたのだが、その前には果てが見えない行列が続く。

かなりの人気スポットだと聞いて開堂前に訪れたのだが、それでもこの有り様である。
ここに並んでいては、その後の予定は全滅だと確信して華麗にスルーしたのだった。

予定を繰り上げて天壇公園に向かうが、ここも一部を除いて工事中の憂き目に遭う。

先に紹介した故宮もそうであるし、北京では各所が修復中とかで見学不可となっていた。
いわずもがな五輪に向けての整備だが、今現在の観光客にとっては迷惑な話しである。

紫禁城を一望できる景山公園もやはり工事中で、最高峰からの景色はお預けとなる。

なかば自棄になりつつも北海公園を訪れるが、ここもやっぱり修復工事中であり
楽しみにしていた宮廷料理の店ですら、結婚式とやらで貸し切りとなっていた。

北京 :クリックで拡大 北京 :クリックで拡大 北京 :クリックで拡大

瑠璃廠はなかなか雰囲気のある通りで、先の老北京よりはよほど風情のある場所だった。

次に訪れた胡同も下町ムード満点で、庶民の暮らしぶりを垣間見ることが出来る。
ただ、噂以上に複雑に路地が入り組んでおり、あちこちが袋小路となっていた。

おかげで建物の向こう側へ抜けられず、長時間さまよい歩くこととなってしまった。

歩き疲れてボロボロになりつつ、なんとかホテルまで戻ってこれたのは幸運であろう。
預けていた荷物を回収してタクシーで空港まで移動し、定刻通り上海へと飛び立った。

こうしてわずか3日間の北京滞在は終わりを告げ、また上海の日常へと帰ってきたのだ。

北京 :クリックで拡大 北京 :クリックで拡大 北京 :クリックで拡大 北京 :クリックで拡大

北京を旅して思ったのは当たり前のことながら、やはり上海とは違うということだ。

ぼったくられそうになったこともあったが、人々はとても親切で優しい気がするし
気の長い人が多いのか、上海のようなクラクションの嵐を聞くこともなかった。

歴史のある街らしくそこかしこで時の重なりを感じるし、とにかくやたらと広い。

なにもかもが広く大きい街にのんびりと気の長い人が住み、ゆったりした時間が流れる。
雅なってのとはまた違うけれど、ここはやっぱり都(みやこ)なのだと感じさせてくれた。

ここで暮らしたいとはあまり思わないが、機会があればまた訪れてみたい街であった。

2006年06月22日

●地下宮殿 (明十三陵:定陵)

ぼくはいつも旅を楽しむとき、事前に下調べもせずにいき当りばったりで行動する。

そして、帰ってから興味を引かれたり、ブログ記事を書くために初めて調査を行ない
面白そうな場所があったことや、旨い料理屋を見逃していたことを後悔するのだ。

次の楽しみといえば聞こえはよいが、またそこへ行くとは限らないのでなおさらである。

ただ悪いことばかりでもなく、偶然に面白い場所にたどりついたりすると嬉しいものだし
自分で自分のスケジュールに縛られず、のんびり気ままに旅できるという利点もある。

今回訪れた定陵もそんな、ろくな下調べもせずに偶然たどり着いた場所だった。

定陵:クリックで拡大 定陵:クリックで拡大 定陵:クリックで拡大

明十三陵のことも、そういう名の有名な観光地があるということくらいは知っていたが
ではそこになにがあるのかと問われると、実はなにも答えられないくらい無知だった。

その名が示す通り明代の皇帝たちの陵墓群で、天寿山の麓に13の墓が集まっている。

定陵はその中のひとつで、明の14代皇帝万歴帝の陵墓であり、地下宮殿とも呼ばれる。
地下27メートルに総面積1,195平米もの墓室を持つ、十三陵中いちばんの見どころだ。

重機もない時代に、地下深部にそんな広大な空間をどうやって掘ったのかが興味深い。

当時の国家予算2年分相当の銀800万両と、6年の歳月を費やして完成したという大陵墓。
一説ではこの大工事が財政を傾け、明の凋落へと繋がったというから洒落にならない。

しかも、この陵墓の建設は、万歴帝がわずか22歳のときに開始されたものだそうだ。

22歳といえば普通は希望に満ちあふれ、死後どころか自分が老いた姿すら想像しない頃。
そんな時期に自分の陵墓を作ろうとは、やはり天子様は人間ではないのかもしれない。

定陵:クリックで拡大 定陵:クリックで拡大 定陵:クリックで拡大 定陵:クリックで拡大

石造りの階段を深部へ下っていくと、外の暑さが嘘のように空気がひんやりとしてくる。

かつては磨き上げられていたであろう総大理石作りの内壁は、長い年月でくすんでしまい
どこか、コンクリートの打ちっぱなしのようで、なんだかとても味気ないものに見えた。

想像していた地下宮殿というよりは、どこかトンネルの工事現場のような印象である。

遺体や副葬品が収められていた棺(複製品)も鮮やかな赤で、遺跡の雰囲気に似合わない。
オリジナルも同じ状態なら仕方ないが、もう少し古びた加工はできなかったのだろうか。

煌々と輝く水銀灯の光りと相まって、どうも古い遺跡を探索している気になれなかった。

ロウソクの灯とまではいわないが、テーマパークなどにある火影が揺れる照明だとか
そういった演出による雰囲気作りを行なって欲しいと思うのは、ぼくだけだろうか。

遺跡に演出は必要ないかもしれないが、あまりに殺風景なのでついそう考えてしまった。

 

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定陵(明十三陵:万歴帝陵墓)
住所 北京市昌平区十三陵特区
営業 8:00~17:30
電話 010-6076-1424
入場 60RMB (博物館とセット)
交通 定陵道口(314路バス)
言語 中国語